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千葉地方裁判所 昭和58年(ワ)179号 判決

第一三九五号事件原告、第一七九号事件被告 (以下原告という。) 鈴木仲継

右訴訟代理人弁護士 白井幸男

第一三九五号事件被告、第一七九号事件原告 (以下被告という。) 鈴木伊之助

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 石井嘉雄

主文

原告の被告鈴木伊之助に対する主位的請求を棄却する。

被告鈴木伊之助は、原告に対し、別紙目録記載二の各土地について時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

被告鈴木とらは、原告に対し、同土地について、千葉地方法務局木更津支局昭和五四年五月二九日受付第一一七三〇号条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

被告鈴木伊之助の原告に対する請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一  第一三九五号事件

原告訴訟代理人は、被告伊之助に対する主位的申立として「被告伊之助は、原告に対し、別紙目録記載二の各土地について、千葉県知事に対し農地法五条による所有権移転の許可申請手続をし、右許可ありたるときは原告に対し、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」、予備的申立として主文第二項と同旨、被告とらに対する申立として主文第三項と同旨及び被告両名に対し主文第五項と同旨の判決を求め、請求原因及び抗弁に対する認否として、次のとおり述べた。

1  請求原因

(一)  原告は、昭和二八年五月二八日訴外鈴木善之助(以下「善之助」という。)から千葉県君津市袖ヶ浦奈良輪字弁天二五一九番四、田、一〇二一平方メートル(以下この土地を「二五一九番の土地」という。)を代金五万円で買受け、内金三万円を支払い、残金は同年九月三〇日までに所有権移転登記手続をなすのと引換に支払う旨約した。そして原告は、同年一〇月三〇日ころ善之助からの申入により同人との間で、右二五一九番の土地と同人所有の別紙目録記載二の各土地(以下「本件各土地」という。)とを交換すること、二五一九番の土地の未払代金についてはその支払を要しないことを約した。

(二)  (予備的主張)

原告は、昭和二八年一〇月三〇日ころ、平穏かつ公然に所有の意思をもって本件各土地の占有を開始し、その当時右各土地が原告の所有に属するものと過失なく信じていた。従って、原告は、時効期間の経過により本件各土地の所有権を取得したものである。

(三)  善之助は昭和三七年死亡し、被告伊之助が本件各土地を相続した。

(四)  被告とらは、昭和五四年五月二八日被告伊之助から本件各土地の贈与を受けたとして、同月二九日請求の趣旨掲記の仮登記を経由した。

(五)  よって、原告は、被告伊之助に対し、主位的に本件各土地の交換契約に基づき、農地法五条の許可申請手続と、右許可を条件として所有権移転登記手続(但し登記原因は売買)を、予備的に本件各土地の時効取得による所有権に基づきその旨の所有権移転登記手続を、被告とらに対し、本件各土地の所有権に基づき、請求の趣旨掲記の仮登記の抹消登記手続を求める

2  抗弁に対する認否

争う。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する認否及び抗弁として、次のとおり述べた。

1  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告が昭和二八年五月二八日善之助から二五一九番の土地を代金五万円で買受け、内金三万円を支払い、残金は同年九月三〇日までに所有権移転登記手続と引換に支払う旨約したこと、本件各土地が善之助の所有であったことは認め、その余は否認する。

当初の売買契約においては正式の売買契約書(甲第三号証)が作成されながら、その後になされたという交換契約においてはこれを証する書面が作成されていないというのは甚だ不自然であって、交換契約が存在しないことは明らかである。

(二)  同(二)の事実は否認する。

なお原告の本件各土地に対する占有は自主占有ではない。

また、仮に原告がその主張のころ本件各土地を占有するに至ったとしても、原告は、本件各土地が農地であり、その所有権移転のためには県知事の許可を要することを知っていたのであるから、悪意有過失である。

(三)  同(三)、(四)の事実は認める。

2  抗弁(請求原因(一)に対して)

原告の善之助及びその承継人である被告伊之助に対する本件各土地についての農地法所定の農地所有権移転許可申請協力請求権は、右土地の交換契約が成立したという昭和二八年一〇月三〇日から一〇年目の昭和三八年一〇月三〇日の経過により時効消滅したものである。被告らは右時効を援用する。

二  第一七九号事件

被告伊之助訴訟代理人は、「原告は、被告伊之助に対し、別紙目録記載一の各建物を収去して本件各土地を明渡せ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を求め、請求原因及び抗弁に対する認否として、次のとおり述べた。

1  請求原因

(一)  本件各土地はもと善之助が所有していたところ、同人は昭和三七年死亡し、被告伊之助が右土地を相続取得した。

(二)  原告は、本件各土地上に別紙目録記載一の各建物(以下「本件各建物」という。)を所有して同土地を占有している。

(三)  よって、被告伊之助は、原告に対し、本件各土地の所有権に基づき請求の趣旨記載の判決を求める。

2  抗弁に対する認否

第一三九五号事件の請求原因に対する認否(二)と同旨

原告訴訟代理人は、主文第四項と同旨及び「訴訟費用は被告伊之助の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する認否及び抗弁として、次のとおり述べた。

1  請求原因に対する認否

認める。

2  抗弁

第一三九五号事件の請求原因(二)と同旨

三  証拠《省略》

理由

一  第一三九五号事件

(一)  被告伊之助に対する請求について

原告が昭和二八年五月二八日善之助から二五一九番の土地を代金五万円で買受け内金三万円を支払うと共に残金については同年九月三〇日までに所有権移転登記手続と引換に支払う旨約した(なお、《証拠省略》によれば、右土地の引渡も右同日迄との約であった)ことは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》によれば、善之助は昭和二八年七月その子丑之助が死亡した後、同人の妻園から従前通り二五一九番の土地を耕作したいので原告への売却を撤回するよう懇請されたこと、そこで善之助は原告に対し二五一九番の土地の返還を求め、同土地と道を隔てて隣接する同人所有の本件各土地(同土地が善之助の所有であったことは当事者間に争いがない。)とを交換するよう求め、結局二五一九番の土地の所有権移転登記手続、残代金の支払や引渡のなされぬまま推移したこと、原告は同年九月ないし一〇月ころ善之助の求めに応ずることとし、和田光義宅にて善之助との間でその旨の合意をしたこと、そして本件各土地が三角地でしかも二五一九番の土地の面積の六割強であったことから原告がさきの売買契約において支払を約した残代金二万円についてはその支払を要しないこととされたこと、そのころ以降二五一九番の土地はそれまで通り園(後に同女の子で跡取りと目されている善治)が耕作してきたこと、本件各土地はそれまで原告の義兄訴外小泉由蔵が正規の手続によらずに善之助から小作地として借受け耕作していたので、原告はそのころ右小泉と直接交渉のうえその(事実上の)小作権の放棄を受け、昭和二九年ころから同土地を耕作してきたことが認められる。

尤も、《証拠省略》中には、原告が昭和五一年初めころ被告伊之助の依頼を受けて本件各土地の調査をしていた行政書士訴外加藤和彦に対し、本件各土地を善治から借受け耕作している旨述べたとの部分があるが、以下に述べる事実関係に照らし、採用し難い。即ち、前記認定事実によれば、善之助は、原告に対し二五一九番の土地を譲渡し代金五万円中三万円を受領しながら、その後双方間で残代金の支払、所有権移転登記手続や土地の引渡等契約に定められた事項についてその履行がなされたりまたこれが求められたり更には売買契約が解除されたり、既払の三万円が返還されたり又はそれが請求されたりした形跡はなく、他方右土地は当初の売買契約にも拘らずそれまで通り丑之助の妻園(及び善治)が引続き耕作し、本件各土地はそれまで善之助から借りていた小泉が原告に対して小作権を放棄し以後原告が耕作しているというのであるから、二五一九番の土地と本件各土地との交換の事実は動かし難いといわざるをえず、更に、前記のとおり本件各土地は二五一九番の土地と比べて形状において劣り、面積においても小さいのであるから、二五一九番の土地の所有権と本件各土地の小作権等の用益権とを交換するようなことは経済法則上考えにくく、かえって両土地の対価として原告が支払いまた支払を約した金額は両土地の面積にほぼ比例しているのである。なお二五一九番の土地の用益権のみを本件各土地の用益権と交換するということもありえないこととはいえないが、徒らに権利関係が錯綜し、現実性に乏しいといわざるをえない。

また《証拠省略》によれば、善治は、被告伊之助に対し本件各土地が善之助の遺産に属しており現に善治がこれを耕作しているが、善之助の遺産の分割として相続人たる被告伊之助がこれを取得することに合意すると共に本件各土地について他に耕作権等を有する者はいない旨言明したことが認められるが、《証拠省略》に照らすと善治の言明は偽りというほかはない。

なお被告らは、当初の売買契約においては正式の契約書まで作成しながらその後の交換についてはこれを証する書面を作成しなかったことは不自然であると主張するが、交換がなされたと判断すべき理由はさきに示したとおりであって、被告らの主張事実は前記認定を動かすに足りない。

ところで《証拠省略》中には交換契約が昭和二九年九月一五日になされたかのような記載があるが、前示のとおり二五一九番の土地の売買残代金の支払等が昭和二八年九月三〇日までになされるべきものとされていたもののその履行については何の交渉もないまま本件各土地との交換に至っていることからすると交換契約は、当初の売買契約の残代金等支払日から遅れても僅かのころと考えられるところ甲第四号証が昭和五五年に作成されたものであることをも併せ考えると右記載は誤記と解するのが相当である。

そして他に前記認定を左右するに足りる証拠はないから、原告は昭和二八年九、一〇月ころ善之助との間で農地である本件各土地を譲受ける旨約したものである。

そこで抗弁について判断するに、前記認定のとおり、原告が善之助から農地である本件各土地を譲受ける旨約したのは昭和二八年九、一〇月ころであるから、それから一〇年後の遅くも昭和三八年一〇月三一日の経過により、農地の買主たる原告が売主たる善之助(昭和三七年同人が死亡したことは当事者間に争いがないから、それ以後はその相続人)に対して有する県知事に対する農地所有権移転許可申請協力請求権は時効により消滅したものというべきである。そして、右許可申請協力請求権が時効により消滅した以上、右許可を条件として本件各土地の所有権移転登記手続を求める請求は、将来請求としての必要性に欠けるものといわざるをえない。

従って、原告の被告伊之助に対する右許可申請手続及び右許可を条件として所有権移転登記手続を求める主位的請求は理由がない。

次いで、被告伊之助に対する予備的請求について判断する。

前記認定事実によれば、原告は昭和二八年九、一〇月ころ所有者である善之助から対価の支払を了したうえ本件各土地を譲受け、昭和二九年ころ同土地の占有を開始したものであるから、その占有は平穏かつ公然のもので、原告は所有の意思をもっていたものと推定され、これを覆えす証拠はない。しかし、本件各土地は農地であったところ、《証拠省略》によれば、原告は本件各土地を譲受けた当時農地の所有権移転の為には県知事の許可を要するものであることを知っていたことが認められるから、結局原告は、その占有開始当時本件各土地が自己の所有に属しないものであることについて悪意であったというべきである。従って、原告が本件各土地の占有を開始してから二〇年後の遅くも昭和四九年一二月三一日の経過により時効が完成し、原告はその占有開始のときに遡って本件各土地の所有権を原始取得したものである。

よって、時効取得した本件各土地所有権に基づき、善之助の相続人たる被告伊之助に対し、その所有権移転登記手続を求める原告の予備的請求は理由がある。

(二)  被告とらに対する請求について

まず、原告が善之助から本件各土地を交換により取得したとの主位的主張は、同土地が農地でありかつ未だ県知事の許可を得ていないことは原告の自陳するところであるから、何ら原告の所有権を基礎付けるものではない。

次いで予備的主張についてみるに、原告が遅くも昭和四九年一二月三一日の経過により本件各土地所有権を時効取得したものであることは前記認定のとおりであるところ、被告とらが昭和五四年五月二八日被告伊之助から本件各土地の贈与を受けたとして同月二九日請求の趣旨掲記の仮登記を経由したことは当事者間に争いがない。しかして被告とらが農地である本件各土地の贈与を受けた後県知事の許可を受けたとの主張立証がない以上、同被告は同土地についての特定債権者であるにすぎないから、原告は時効により取得した同土地所有権をもって登記なくして同被告に対抗することができるものというべきである。

よって、原告の被告とらに対する前記仮登記の抹消を求める請求は理由がある。

二  第一七九号事件

本件各土地がもと善之助の所有であったところ、同人が昭和三七年死亡し被告伊之助が同土地を相続取得したことは前記のとおりであり、原告が本件各土地上に本件各建物を所有して同土地を占有していることは当事者間に争いがない。

そして、原告が本件各土地について遅くも昭和四九年一二月三一日の経過によりその所有権を時効取得したことは前記のとおりであるから、原告の抗弁は理由がある。

従って、被告伊之助の原告に対する請求は失当である。

三  よって、原告の被告伊之助に対する主位的請求を棄却し、その予備的請求及び被告とらに対する請求を認容し、被告伊之助の原告に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤陽一)

〈以下省略〉

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